FC2ブログ

archive : 2011 年 12 月

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
category : スポンサー広告  comment : × track back : ×

決めゼリフ

先週、『水戸黄門』が、42年の放映を終えた。悪事が暴かれ「構わぬ、こんなじじいども、斬って捨てい!」と襲いかかる悪者ども、そこに高々と印籠を掲げた助さん(格さん)がセリフを決める。「このお方を誰と心得る、恐れ多くも先の副将軍、水戸の光圀公におわせられるぞ。一同、頭が高い、控えおろう!」

弁天菊之助の「知らざぁ言ってきかせやしょう」(歌舞伎)から、2008年流行語大賞となった「グ~」まで(古いか)、「あ~、そこそこ!」のタイミングにこたえてこそ、決めゼリフはカタルシスの快感をもたらすことができる。いわば、もちつきのような、語り手と聞き手との共同作業だ。それがずれると、語り手の「ひとりよがり」、大変イタイ結果となる。

みなさんのエントリーシートにも、この決めゼリフが多く使われているよね。「やるからには一番を目指します!」「だれにも負けない、いつもこんな想いで生きてきました」。後に続くエピソードと、ちゃんとバランスが取れているだろうか?何よりも、あなたという実態と、大きく乖離していないだろうか?

Copyright © 2002 L.C.Lab All Rights Reserved.
スポンサーサイト
category :    シューカツへの応援歌  comment : × track back : 0

年の瀬

「もういくつ寝ると、おしょうがつ~♪」と歌う前に、でっかくはだかるイベントがある。クリスマスだ。

それにしても、日本人は楽しい。クリスマスまではパーティーで飲み食いOK、それが過ぎての年末年始は和風でドンチャン騒げと宗教的行事を曲解し、「地域の祭り」に仕立ててしまった。

ずっと昔のクリスマスイブのこと、終電へと急ぐ私は、とある百貨店の前を通り過ぎた。すると、赤や緑に彩られた華やかなディスプレイをとりはずし、和風な飾りに代えている作業の真っ最中ではないか。クリスマスは明日なんだが。

ちなみにイブの前日は、日本の神道を司る、やんごとなき方がお生まれになった日である。お忘れなく。

Copyright © 2002 L.C.Lab All Rights Reserved.
category :    雑感  comment : × track back : 0

歌が論理性を育てる?

「演歌の花道」(知ってる?知らないだろうなぁ)ではないが、「歌は世につれ、人につれ・・・」。歌ほど世相を敏感に反映したものはないと思っている。ところが我がスタッフ(兼師匠)の説によると、皆さんがやたら添削で「赤ペン攻撃」を食らうのは、おそらくはこの「歌」のせいだという。

確かに、「起承転結」はおろか、「何がどうしてどうなった」すらつかめない文章をよく見かける。「私はガマンづよい人間ですっっ」等、スローガンを連呼しただけの文章、あるいは「~だった」と感想を並べ立て、文と文とのつながりが全くない文章など。それらはすべて、ラップやヒップホップなどリズムだけで聞かせる曲と共通したものがある。

我々は実務家なので、「だから最近の若いやつは・・・」とか「メディアが言語に与える影響としては・・・」とか、じじ臭い論戦を張るつもりはさらさらない。ただ一点添削者として注意を喚起したいのは、エントリーシートや論作文は、同世代が読んで評価するものじゃないんだよ、ということだ。雰囲気を伝えるだけではダメだ。「こんな目的でこんなことをした。結果こうなった。だからこんなことを考えた」と万人が理解できるストーリー性を持たせて欲しいということなのだ。

文章スタイルの参考としてお薦めしたい曲は「童謡」。特に「さっちゃん」なんて場面転換、理由付けが明快で非常に論理的だ。「やぎさんゆうびん」もエンドレスだという難はあるものの、論理性においては嵐なんてお呼びじゃない。ということでエントリー書きのバックミュージックには西野カナよりも「ママとうたおう みんなのどうよう集」のダウンロードをを強くお薦めしたい。

Copyright © 2002 L.C.Lab All Rights Reserved.
category :    シューカツへの応援歌  comment : × track back : 0

じゃんけん、この不思議なるもの

研修の最初、各班に「リーダーを決めようか」というとほとんどが申し合わせたように「じゃんけん」を始める。サザエさんのエンディングを始め、「じゃんけん」は我々の日常にひんぱんに顔を出す。また生活の局面で、この偶発的な手段に、給食の残りプリンの貰い手、AKB48のセンタ―など、かなり大切な決定をゆだねる場面も多い。私の知人では、会社でじゃんけんに負けつづけ、ヨハネスブルグ(南アフリカ)ーエカテリンブルグ(ロシア)ーボンベイ(インド)と、北に南に、単身赴任を重ねている輩がいる。

昔、5,6人の香港人らとおやつを食べていた時のこと。皿に一つだけ残ったあんまんをにらむこと数秒、私が日本語で「じゃんけん!」と言うと、やおら全員立ち上がり、各個口々に叫びながら争奪戦を始めた。なぜ通じたのだろうか。後から調べてみると広東語では「猜拳」(チャイキュン)で、これが「じゃんけん」の語源になったという説もある。中国4000年の英知が詰まった、透明性の高い意思決定の手段だったのである。

 闘争に飽きて海鼠に生まれたる    正木ゆう子

 じゃんけんで負けて蛍に生まれたの  池田澄子

Copyright © 2002 L.C.Lab All Rights Reserved
category :    雑感  comment : × track back : 0

大掃除

ものぐさな私にとって、掃除はできればしたくないことだ。だからできるだけ、ためずにこまめに行なうように心がけている。それでも年末ということで普段よりは気合を入れて片づけていると、あちらこちらからゴミが現出するのは驚きである。

こんなつつましやかに企業活動を行っているウチに、どうしてこんな無駄なものが発生してくるのだろう。燃えないもの、燃える物、資源ゴミ…昔はすべて燃やせるもの、リサイクルできるものだったはず。例えばこの静電気防止スプレーの缶。少し前までは、人間の方が我慢していれば、何とかやり過ごせたはずのものなのに、ちょっとの電気ショックに耐えられず(実際は1万ボルトぐらいあるらしいが)、ついついこんなものに頼ってしまう。その結果、ゴミが新たに産出される。

より快適に、より便利に。私たちはどこで歯止めをかければいいのだろうか?

Copyright © 2002 L.C.Lab All Rights Reserved.
category :    雑感  comment : × track back : 0

自己PRと志望動機が意味するもの

添削シーズンが始まった。自分のところ主催のもの、他の業者さんから頼まれたものなど、多いときは一日十数枚書き上げなきゃならない。たかが十数枚と言うなかれ。例えば400字の自己PRについて少なくとも600字はコメントしているのだ。多いスタッフだと1000字以上書くこともある。文章スタイルからその人の性格を類推し、とにかく判りやすく書くように心を砕く。下書きはしているのだが、気に入らなくてもう一度表現を考えたりもする。さらにこれと向き合っている間は一切飲み物は禁止。コーヒーのシミなんかつけちゃあ一大事だ。

そんな中、最近減ったものの、ときどき「自己PR」と「志望動機」との書き分けができていないケースを見る。どうして自己PRで書いたことを志望動機で繰り返すんだろう。わざわざ設問も、記入欄も分けているのに。逆に自己PRで描いた人格と、志望動機で訴える強みが乖離(かいり)している例も見受けられる。

ここでハッキリさせておきたいのは、自己PRとは「現在(に至るまで)の自分を語ること」であり、志望動機とは「未来の自分像を描くこと」だということ。過去の業績,あるいはそこから類推される可能性がいかに素晴らしかろうとも、志望動機というビジョンがなければ期待できない。まるで不況にあえぐどっかの国だ。翻っていかに素晴らしい未来を語ろうと、過去というベースが脆弱であればその人への信頼は揺らぐ。軸足をどちらに置くかはその人の自由だが、両方を踏まえないとしっかりと立つことはできないのだ。この当たり前のことをもう一度認識してもらい、少しでも赤ペンのインクの減り具合を少なくして欲しいと切に願っている。

Copyright © 2002 L.C.Lab All Rights Reserved
category :    シューカツへの応援歌  comment : × track back : 0

男のロマン

1970年代だろうか、「男のロマン(夢)」と題するこんな一句があった。

「イギリス風の家に住み、中国人のコックを雇い、日本人の妻をめとり、アメリカ人とビジネスをする」。

つまり、広大なイギリス風邸宅で、貞淑でしとやかな日本人女性にかしづかれながら、中華料理に舌鼓を打ち、固定為替制のドルで(1ドル=360円)収入を得、人生を満喫したいというわけだ。イギリス風の家はともかく、住み込みで働く=中国人の図式は大きく崩れ、「やまとなでしこ」は変容して世界一パワフルな女性軍団になり、ドルは凋落した。ホント、隔世の感がある。

一方、こんなパロディもあった。こっちはどうだ?

「日本風の家に住み、イギリス人のコックを雇い、アメリカ人の妻をめとり、中国人とビジネスをする」。

21世紀になっても、日本の住宅は相変わらず狭い。「世界の統計2009(総務省統計局)」によると、一戸当たりの床面積はスペイン、北欧諸国を下回り84.3平米らしい。イギリス料理は、数ヶ月前にロンドンの老舗ホテル「ザ・ランガム」のティ-ルームで、「東京拘置所の食事の方がナンボかまし」との佐藤優氏の言を、ぱさぱさのサンドイッチと共に噛みしめてきたところである。妻うんぬんについては、女性である私が評するわけにはいかないが、アメリカ人と結婚した数少ない知人は、全員が「元夫」だ。

ではラスト「中国人とビジネス」はいかに?みなさんのご意見を伺いたい。

Copyright © 2002 L.C.Lab All Rights Reserved
category :    雑感  comment : × track back : 0

12・1就活解禁日

今日は就活解禁日。

アユの稚魚が渓流に一斉に解き放たれるように、今日からスーツ姿の若者が街を泳ぎ回るだろう。

世間の波しぶきを浴びる初めての経験だ。四角い画面の中から見えるものだけが「世間」ではない。涙が流れる自分の目で、痛みを感じる自分の体で、できるだけいろんなものを見、体験してほしい。

がんばれ、就活生。

Copyright © 2002 L.C.Lab All Rights Reserved
category :    シューカツへの応援歌  comment : 0  track back : 0
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。