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archive : 2012 年 03 月

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秋入学

素朴なギモン。どうして、大人らはギャップイヤーの期間(なぜに東大はギャップタームという造語を愛用するのか)学生に何をさせるか、あんなに熱心に議論するのだろうか。「空白の期間」に何をしようが、本人の勝手だと思うが。

-Time is the coin of your life. It is the only coin you have, and only you can determine how it will be spent. Be careful lest you let other people spend it for you. -Carl Sandburg

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「掃除でおもてなし」

3/26、冒頭タイトルのセミナ-「掃除でおもてなし」に出席してきた。会場である大阪商工会議所についてビックリ、関係者から「二百人も集まればいいなぁ」と聞いていたのに、どう見たって千人ぐらいみっちり座っている。

掃除をすれば、人は活気づき売り上げは伸び、会社の評判はうなぎのぼりーというひと粒で3つ以上美味しい内容なのだから、この盛況ぶりも無理はないかもしれない。詳しい内容の紹介はまた別の機会に譲るが、「掃除を徹底するだけで、どうして経営がうまくいくのか」が、実例と理論を交えておもしろ楽しく紹介されていた。ささやかながら事務所を運営する身として、納得・共感することも多い。

ただ、「ママ業」経験者としては、腑に落ちない点が一点ある。掃除が人を遠ざけることもあるのだ。就学前の子どもを連れてのウチ遊びでいちばん敬遠されるのが「キレイ好きなママの家」だった。これは現・元‘同業者’なら共感してもらえるだろう。この手の家は、例外なく汚され嫌いだ。

シミ一つない壁にクレヨンを持って体当たりする子ども、い草香る畳の目に離乳食を塗りこみながらはいはいする赤ちゃん、トイレに失敗し大声で助けを呼ぶガキ…、これら衛生と秩序の天敵に対し、「あら、いいわよ」と目は決して笑わない笑顔で対応されるオソロシさ。結局は、汚しても気を遣わなくてもよさそうな家に、人が流れて行ってしまう。

「掃除」という手段についての、この事業経営と家庭運営との効果の差をどうとらえればよいのか。機会があれば、セミナーに出席されていた加護野先生・大森先生に意見をうかがってみたい。

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ウェルフェア・リングイスティクス

「ウェルフェア・リングイスティクス」、早口言葉にすると2回ぐらい舌をかみそうな言葉だ。「研究の目的及び結果が、言語社会を構成している人々の幸せに寄与する言語研究」という意味だが、ぴったりした日本語訳が難しい。直訳すれば「福祉言語学」だが、「公益言語学」とか「みんな仲良く幸せに生活するための言語学」といった方がいいかもしれない。

昨日、龍谷大学であった「ウェルフェア・リングイスティクス」のラウンドテーブル(研究発表会)に足を運んだ。手話、医療や介護の場面でのやりとり、震災のためのやさしい日本語、裁判員評議での課題など、日常生活でのいろんなコミュニケーション上の問題がとりあげられていた。

出席者の顔ぶれは、私のような民間人は皆無で「言語のプロ」な方ばかりだった。ドアを開けて会場に入り込んで、しばらくはかなりのアウェー感を覚えものの、いざ発表がはじまると率直な意見が飛び交う、とても和やかな雰囲気になじめた。

最後に、「異業種との出会いを大切に、みなさん、自分の専門とする言語学の見地から、社会に貢献していこうではありませんか」という呼びかけがあった。アタマとココロに刺激を受けた、とてもいい一日を過ごせた気がした。

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ことばコトバ言葉

ことばって本当に難しい。

‘The pen is mightier than the sword(ペンは剣よりも強し)’は、19世紀半ばのイギリスではやった、ある戯曲から派生したことわざのようだ。先日、負の意味でそれを感じさせる出来事が自分自身にあった。言葉は、向けた相手も、使い手自身をも傷つける凶器になりうる。そして、なかなかその傷はいえないのがつらいところだ。

さて、外に目を転じて。「失言」と称してマスコミを中心に言葉狩りが横行するのは常のこと。だが、第91代目福田康夫(タケオではない)首相の場合は、少々かわいそうだったとの私感を持っている。あげつらわれた代表的なものは、08年オリンピック選手団を送り出すときの「せいぜいがんばってください」と辞任会見の時に地方記者に言った「私は客観的に自分を見ることができる。私はあなたと違うんです」だ。

前者については、石原慎太郎都知事が「せいぜいって、人をばかにしているのかね」と新聞記者相手に石原節を吹かせたことで話題になった。「へッ、せいぜいほざきやがれ」といった用法と同様のニュアンスで捉えたのだろう。ところが、「せいぜい」の原義は広辞苑にも明記されているとおり、「精一杯/ベストを尽くす」なのだ。とやかく言われる意味合いはないが、当時は非難ごうごうだった。元・芥川賞作家&選考委員の発言の影響たるや恐るべし。

後者「あなたと違う」は新たな流行語「上から目線」を生み出すもととなった。だが考えてみれば、それを口にするかしないかは別にして、一国の首長たるもの、巷の凡夫と同じであっては大いに困る。危機管理をお任せするなんてことは出来はしまい。違って当たり前、上から目線で語れるほどの人物こそリーダーとしてふさわしい。

だが上から下へと有用な能力・スキル・経験を受け渡す行為そのものより、受け渡すときの態度・口調などによって呼び起こされる感情の方を重視するのが、最近の風潮だ。「上から目線」を恐れるあまり、伝わるべきことが伝わらない。もったいない、と思うのは私だけだろうか。

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自己表現と情報伝達

先日、やっと「早大院生と考えた文章がうまくなる13の秘訣」を読み終えた。

この本は、大学の図書館「卒論作成コーナー」で見つけたものだ。そんな目的ー実用文の文章力即アップを目指すノウハウ本としての機能ーを期待すると、ちょっとハズレかもしれない。でも、ワンランクアップ上のブログを書きたい人、好きな作家の魅力って何なのか自分では分かんないだけど、といった人にはちょうどよいと思う。

面白いと思った箇所を一つ挙げる。それは「文章には自己表現のためのものと情報伝達を目的にしたものとの2種類がある」というくだりだ。これでエントリーシートを書くのがなぜ大変なのか、うまく説明できるような気がした。要はこの2つを同時に、バランス良く行なわなければならないからだ。

「バイト当初は、汚れた皿の山に茫然自失。しかし、修練は人を磨く。やがて、鼻歌交じりで片づける術を身に付けた」「私の得意技は10分間に100枚の皿を洗うことですっ。その機敏さは誰にも負けません」、どちらも暑苦しい。自己表現ー主観と情報伝達ー客観のバランスをとることは、文章を書き慣れた人にとっても非常に難しい業だ。社会に出る前にせいぜい苦労して、文章力アップの糧としてほしい。

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塩屋という町

LC研究所のある神戸の塩屋地区は、道路事情の悪さより都市開発から大きく取り残された。ただ、そのおかげで、町のあちこちで「昭和」以前がとどまっている。

まずは明治時代に建てられたグッゲンハイム邸が、地元では最も有名と言えよう。ちなみにここは、当研究所の会議室兼研修所である。ほかにローカルな観光案内には載っている旧後藤邸・ジョイス邸、ちょっと離れたところに某電器会社の会長が所有していたジェームズ邸があるが、研究所のお隣も、大きな飾り窓と煙突を備えた大正時代の洋館だ。

こうした異国情緒から一転、JR塩屋駅から住宅地に続く道は、傘をさしてすれちがうことができないほど狭い。そこをすり抜けて家に帰る人には、道に沿って立つ商店の店主らから「おかえり」「寒いね」の声がかかる。ここでは財布を忘れても大丈夫、「ごめん、明日持ってくる」の一言で済む。「顔面認証」がまだまだ有効な、昭和な通りである。

こうした町の個性に魅かれてか、ときどきTV局がやってくる。特にNHKは計4回は取材に来ており、私もエキストラとして「出演」したことがある。

1回はあまりの暑さで人通りがなかったためのにわか通行人、もう1回は、財布を持たずに買い物にきた、厚かましいおばちゃん役である。「やらせ」というなかれ。商店主が近所の住民を急遽エキストラ役で呼び出せるほど、前近代的な町であることには違いないのだ。

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ちょこパイ

ご存じ、ロッテの「チョコパイ」。これが北朝鮮でちょっとした騒ぎを巻き起こしていることは、皆さんもメディアを通じてご存じだろう。工場のおやつに出されたことで人気が沸騰し、家に持ち帰る人が続出、通貨代わりに流通しているらしい。最近では、コメ1kgキロと交換されるとの話もある。

http://www.asahi.com/international/update/1122/TKY201111220587.html

「甘くしっとりとして、世の中にこんなおいしいものが存在するのかと思った」という、かの国の労働者のコメントは本当に切ない。ドクトルマンボウこと、故・北杜夫さんが進駐軍から手に入れたチョコレートを食べた時の感想、「こんなうまいものを食っている連中に勝てないわけだ」を思い起こした。

「チョコパイ」は1個166cal、私自身は気軽に口にできる年齢ではなくなってきた。他の、いわゆる中年世代も同様だろう。食が満ちれば、栄養価の高いものを避けるこの皮肉。ほろ苦い思いで噛みしめる。

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職業選択の「軸」を定める

みなさん、就活の進み具合はどうかな?
それにしても、情報過剰だよね。わたしも学生になり済ましていくつか就活サイトに登録しているけど、1日に20通を軽く超えるメールがやってくる。すると、大半を読まずに捨ててしまう人が多いんじゃないかな。

基本的にはそれで構わないと思う。ただ注意してほしいのは、そのとき、何を読み何を読まずいるのかという、自分なりの選択基準だ。「~地域の仕事特集」など働く場所に注目しているのか、「営業職特集」など職種に興味をひかれているのか。それが、あなたの職業選択の基準=「軸」になっているはず。そういう基準がない人は、要注意だ。「軸」が定まっていないのだ。

有名企業の名前だけを追っかけてふらふらと職探しをしている間は、どこの企業もあなたを相手にしない。どんな働き方をしたいのか、そろそろ自分の「軸」を定めよう。

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ロジカル・ライティング

「ロジカル・ライティング」には2つの側面がある。まず「ライティング=書く」というアウトプットの面と、その前段階として「ロジカル=論理的」に情報を取り込むというインプットの面、いわば出口と入口でがる。

ところが、この出口と入口、私の見るところ両方得意な人は少ない。前者が苦手だと、MECEやロジック・ツリーはカンペキなのだが、言葉にすると「何だコレ、日本語?」という文章ができあがる(英語など他の言語で書いても同じだと思うが)。当然説得力には乏しい。逆だと、わかりやすい文章は書けるのだが、なんでこの要素と構成になったのか、うまく説明ができない。再現性が低いのだ。

実はこれは、必要な能力が異なるのでおこる現象らしい。ハーバード大のガードナ博士とやらによると、ライティングはlinguistic intelligence、論理力はlogical-mathematical intelligenceと、それぞれ異なる能力が司っているようだ。日本流でいうと、文系タイプ、理系タイプと表現してもいいかもしれない。

皆さんはどっちのタイプだろう?まずはこれを自覚して、苦手な方を鍛え、得意な方を伸ばしてほしい。トレーニング方法については、また別の機会に。

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