FC2ブログ

archive : 2012 年 08 月

「日本人はうらやましいですよ、ニートになれる幸せがあるんだから」

8/28日経記事「新卒ニート3万人 働き手減少に拍車」を見て思い出したのが、、冒頭のセリフだ。これは日本で起業した外国人の方と話をしていたときに飛び出したものである。

「働くこと」に関して縦軸に「意欲」、横軸に「行動」を取ってマトリックスを作ってみる。すると1「働きたくて働いている人」2「働きたくないけど働いている人」3「働きたくないから働かない人」4「働きたいにもかかわらず働けない人」の4象限ができる。日本では仕事さえ選ばなければ働き口はあるのだから、本人が大きなハンディキャップを負っていない限り、働くことができる。ゆえにニートの大半は3「働きたくないから働かない」の範疇にあるのでないか、という指摘である。

ただ、ニート本人にスポットを当てると、心情はよく理解できる。

就活というイス取りゲームにとことん負け、大きな挫折感(おそらく人生で初めての)を味わったために、自己肯定感が極端に低くなる。その結果、失敗をしない唯一の手段「何もしない」に逃げ込んでしまう。働けそうな場所があっても、「時給が低い」とか「勤務地が遠いから」などやたらケチをつけたがるのは、本音半分、いいわけ半分であろう。その裏には失敗するのが怖い、という恐怖感がある。

そもそも、記事中に「文系で無職やアルバイトの割合が多い」とあることからもわかるように、根本的な問題として、労働市場での需要と供給側のミスマッチという問題がある。でもやはり、甘えと言われれば甘えである。人のせいにばかりはできない。日本国憲法第27条「すべての国民は、勤労の権利を有し、義務を負う」を思い起こして、なんとか社会での自分の居場所を見つけてほしい。働くことは楽しいよ。

Copyright © 2002 L.C.Lab All Rights Reserved
スポンサーサイト



category :    雑感  comment : × track back : ×

LC庵

今年の地蔵盆が終わった。わがLC研究所は地域の地蔵堂のすぐ隣、というか元々が堂守の庵室だ。それを家主であるお寺から借りうけて事務所にしている。

地蔵盆は、関西では七夕と並ぶぐらいの大きなイベントである。ジャンジャン・ボンボン・カンカンという鳴りもの+読経が響く中、にぎやかに提灯が飾られている。夕暮れ時にはそれらに灯がともり、なかなか風情のある光景になる。写真に撮ってここにアップしなければと思いつつ、タイミングを逃すことはや2年目である。

ただし、一番のにぎわいのもとであるはずの子どもたちの声が全くしない。もともと、親より早世したために地獄に行くはずだった子ども(親不孝の罪で)を救ってくれるのが地蔵菩薩である。だから、地蔵盆は子どもたちのためのイベントだ。各祠(ほこら)で用意したお菓子をもらい歩くのが、夏休みの楽しみの一つだった。日本版「トリック オア トリート」である。

一心に祈っている人たちの後ろからそっと覗くと、その大半は地元の年配の女性であった。お菓子も用意されていない様子だ。子どもたちのいない地蔵盆。高齢化社会の縮図である。

Copyright © 2002 L.C.Lab All Rights Reserved
category :    雑感  comment : × track back : ×

「人柄」による説得

以前、説得術の3つのタイプを述べた。ひとつが論証によるもの、2つ目が人柄によるもの、3つ目が感情によるもので、それぞれロゴス(λογότυπα)、エトス(ἦθος)、パトス(πάθος)と呼ばれている。「『論理で説得』されるとか、『感情で納得』するとかいうのは分かるけど、『人柄』はどうもわからん」という声を聞く。これについては、「人柄による信用」と言い換えてもいいと思う。わかりやすい例として、最近自分が体験したことを挙げておく。

春夏秋冬の連日連夜、、駅前、バス停、ショッピングモールの入口、にぎわう寺社の門前に立ち、人の流れに逆らってお辞儀を続けている地元の県会議員がいる。その顔を、尖閣魚釣島の上陸議員の中に見て驚いた。マスコミからインタビューを受けていたのだ。そう言えばこの2,3日、街頭で姿を見かけなかったが、そんな南の島に泳ぎに行っていたとは。

彼いわく、日本の領土が大陸からの侵食におびやかされることに耐えられなかったという。アッパレ憂国の士である。しかし私は、いままでの行動から透けて見える「人物像=人柄」から、これが別の動機からきていると確信している。2,3の観察事実を取り上げる。

・90年代、市議に無所属で出馬し当選した直後、保守派の某大政党に鞍替え。その後県議に進出して3期をへるが、普段は県庁の某政党部屋に席があるようだ。ただし選挙時には、所属政党名がいつも「無所属」となる。

・街頭で20歳未満とそれ以上とをかぎわける鋭い嗅覚には、いつも驚かされる。児童、生徒など未成年者とおぼしき人物には、決して「おはようございます」とも「お帰りなさい」とも呼びかけない。以前、目の前で子どもが親を探して泣き叫んでいたときも、一瞥もくれなかった。

・議員になって十数年、今まで、終戦より占拠が続く「わが国固有の領土」への寒中遊泳を志さなかったのはなぜか。話題性の問題か、はたまた水温の問題だろうか。

これらから推察される行動規範は「とにかく集票」。次は国レベルでとの下心があるのだろう。これが「人柄」による説得、というか「人柄」のせいでそのコトバに全く説得力がない例である。

Copyright © 2002 L.C.Lab All Rights Reserved
category :    論理力アップをめざす  comment : × track back : ×

客を客とも思わない会社?

今日、出張でプロペラ機に乗った。ぐるぐる回る黒いプロペラは、「航空機」に進化する以前の「ヒコーキ」の原点を感じさせる。地上のものが眺められるほどほどの高度であるのも楽しい。機内のつくりもシンプル、サービスもリンゴジュースとコーヒー以外は有料と、ムダなくすっきりしている。

ところが、世の中は‘シンプル イズ ベスト’とはいかないらしい。「より安全に、より安く旅客輸送をするための新しい航空会社の形態をめざします」と宣言した某飛行機会社が、「客を客とも思わない」とバッシングにあったのは記憶に新しい。発端は乗客向けの機内注意書きである。8カ条からなる中身は、こんな調子だ。

・「客室乗務員には丁寧な言葉遣いを義務付けておりません。…安全管理のために、時には厳しい口調で注意をすることがあります」
・「機内での苦情は一切受け付けません。ご理解いただけないお客様には定時運行順守のため退出いただきます。…」

うーむ。横っ面を張られたような錯覚を受けたのは私だけだろうか。「新しい航空会社の形態をめざす」という心のエンジンが全開、客を置いてきぼりにして急発進した印象だ。、新サービスのコンセプトを明確にしたうえで、注意書きの表現にもう少し気を使うべきだった。

 では例えば、どんな表現をすればよいか。とにかく「一切しません」といった調子の言いきりの否定形がまずい。できるだけ避けるべきだ。よくある言い換えが、「~しかねます」だが、これも乱発すると目障りである。このような時にストレートなもの言いを和らげるのに重宝するのが、斜体のような「クッション語」である。

・客室乗務員は安全管理のために、お客さまに注意をすることがあります。…時には、丁寧さに欠ける印象を受けるかもしれませんが、なにとぞご容赦ください。
・定時運航に支障が生じるような行為(緊急性を欠くご要望など)はお控えください。明らかに支障をきたすと判断される場合、機内からの退出をお願いせざるを得ません。

 こんな感じでどうだろう?でも、まだまだ工夫の余地があると思われる。みなさんも気になる表現を見かけたら、当たりのきつくならないような言い換えを考えてみよう。ただ批判しているばかりではつまらない。文章トレーニングの絶好のチャンスなのだ。

Copyright © 2002 L.C.Lab All Rights Reserved
category :    文章力アップをめざす  comment : × track back : ×

送り火

今日はお盆の最終日、送り火の日だった。

彼岸からの束の間の帰省を楽しんでもらえただろうか。
できるならそのまま此岸(この世)に留まって欲しいと、なすび を紐で結わえておきたい衝動に駆られた人は多かっただろう。

私も、そのひとりである。もう、無事に帰りついたかな。

Copyright © 2002 L.C.Lab All Rights Reserved
category :    雑感  comment : × track back : ×

「エントリーシート不要」は福音か?

暑い地域では「ひぐらし」のなきはじめるこの頃、目立つのが「エントリーシート不要!全員にお会いします!」の新卒募集案内である。このひと言を入れると、HPへのアクセス数がアップするという話も聞く。

なんで「エントリーシート不要」に人気が集まるのか。最大の理由は、選考のプロセスが一つ少ないという印象を与えるからだろう。特に、エントリーシート(ES)の提出後にはやばやと「お祈りメール」を受け取り続けた人にとっては、ESという文言自体にトラウマを感じているに違いない。その気持ち、わかるような気がする。ゴールに一歩近づいた状態でスタートができるような気分になるんだよね、きっと。

ただ、ちょっと落ち着いて考えてほしい。あなたは教室の中で何かについての意見をいきなり求められたときに、即、先生をうならせるような回答ができたタイプだろうか。たいていの人は、ちょっと考えをまとめる時間をもらった方が、よりよい回答ができたんじゃないだろうか。実は、ESを書くということは、考える時間が持てる、ということなのだ。

実際のところ、ESなしで面接に挑むのは、ぶっつけ本番で自己アピールをせまられるようなものだ。また「ES不要」をうたっている会社は、面接の回数を増やしていることが多い。内定への道のりは変わらない。ESを選考書類と考えずに、むしろ面接の下準備と考え、前向きに捉えても損はないよ。もし煮詰まっているんだったら、当研究所のHPにどうぞ。

Copyright © 2002 L.C.Lab All Rights Reserved
category :    シューカツへの応援歌  comment : × track back : ×

勇気・元気と感動のやりもらい

LDNオリンピックも、あと数日を残すところとなった。わが国の獲得メダル数がアップするにすれ、パブリックビューやスポーツバーなどで盛り上がっているところをインタビュー、なんてニュース番組がますます増えてきた。そこでよく耳にする表現は、「勇気をもらう」「元気をもらう」「感動をもらった」だ。だがあまのじゃくな私は、どうしてもこの言い方になじめない。

英語の慣用句では‘give courage'‘give (the) energy'‘give (the) impression'だ。ただし、‘give'という動詞が示す通り、いずれも感動やらを「与える(やる)」側からの言い方だ。、が、やる・もらう、どっちにしろイマイチ私にはしっくりこない。「勇気」とか「元気」とか「感動」とか、人にやったりもらったりできるような代物なんだろうか。本来、これらの感情は、一人ひとりの心に自発的に「生まれ」「湧き」「あふれる」ものではないか。

目の前に繰り広げられる偉業を見る。日常に埋没しがちな、平凡な精神を揺すぶられる。ああ、このままではいけない、人間には無限の可能性があるはずだ、という自分の現状とのギャップに気付く。この覚醒が、「勇気」「元気」「感動」といったものの正体ではないか。アプリのように、網膜からのダウンロードによりはい感動が脳へインストールされました、といった薄っぺらなものではないはずだ。

単に言葉のあやの問題なのか、それとも「勇気」「元気」「感動」の価値自体が目減りしているのか。どうも後者のような気がするが、皆さんはどうだろう。

Copyright © 2002 L.C.Lab All Rights Reserved
category :    文章力アップをめざす  comment : × track back : ×

社会人のための添削道場 其の参

昇進昇格試験を控えているサラリーパーソンの皆さん!お盆休みは絶好の勉強シーズン。ただ、職場のボスは不在でも、家庭内ボス(妻)から家事諸般のミッションが与えられているかもしれない。それも試練だ。合間を縫って、一本論文を書いてみよう。どうして取り組んでよいかわからない方は、ぜひわれわれのL.C.研究所にご連絡を。

どんな立場で書くか

当研究所に「頼もう~」の客人の声。開門した門人Cに「田原宗二朗」という男が、セカセカしたした口調で迫ってきた。師匠と同じ姓だ。ややこしい。Cが応答しようと思ってもすぐに話を遮り、口を開かせない。

宗二朗:「師匠はいるんですか?いないんですか?どっち?」

門人C:「あいにく来客中です。しばらくお待ちを」

宗二朗:「本当?居留守使ってるんじゃないの?じゃあ、ちょっとあんたが原稿に目を通してよ、師匠に見てもらう前に」

どこかで見たような顔、態度だと思いつつ、Cは原稿用紙に目を落とした。

宗二朗の原稿(書き出しと終わりの抜粋)

テーマ「管理職としての取り組み」

 「失われた10年」以降、日本経済は低迷を続けている。1995年と2004年にはGDPベースで見ればやや上向きに転じたものの、2007年のリーマンショックでの日本は致命的な一撃を受けた。一方、海外に目を転じれば、いわゆるBRICsが台頭、2010年には中国のGDPは日本を抜き世界第2位となった。本格的なグローバリゼーションの波を受け、当社では昨年「××計画」に基づき事業の再構築を行ない、2000人を超えるリストラ、××事業からの撤退を行ない、今年度上半期(見込み)では経常利益は×億円に回復した。PERも(中略)…これを踏まえた当部の課題は、・・・背景は・・・原因は・・・そして、管理職の役割はこれを解決することにある。私は常にリスクを予測し、トラブルの回避、不具合発生率を×%以内に押さえることを目標に掲げたい。

門人C:「わかりやすい経済解説ですね。宗二朗さんの仕事は何ですか」

宗二朗:「メーカー××社○○工場の技術管理だよ。現場の監督職になるための試験だ」

門人C:「あれ?じゃあどうして、日本がどうした、会社はこうしたとかの3人称過去形主体の評論調なんですか?特に現場を仕切るんだったら、『オレはこうしたい』っていう1人称未来形が中心になると思うんですが」

宗二朗:「…」

宗二朗は答えに窮したあげく、「じゃあCMいきましょう」と意味不明の言葉を残してそそくさと去った。会社に「評論家」はいらない。これは口先ばかりで終わる人間への揶揄(やゆ)の言葉である。社内論文は、解説を目的とする評論ではなく、「現場」で起こる事件をどう解決するかを書くものだ。

本日の門前払い
目の前に山積する課題を3人称過去形で語る輩(やから)  道場
 

Copyright © 2002 L.C.Lab All Rights Reserved
category :    添削道場(社会人)  comment : × track back : ×

刺さる言葉

最近、「刺さる言葉」なる用語をよく耳にする。2009年の話だが、ビジネス文書雑誌とも言うべき日経ビジネス Associe(アソシエ)にも「一瞬で人の心に刺さる言葉の作り方」なる特集記事があった。だが「刺さる」は否定的な場面で使われる語ではないのか?と昭和生まれの私には違和感が残る。

google検索を元に、HPやブログなどの用例を100程度ざっと調べてみたところ、肯定的:否定的=5:5とほぼ拮抗している印象だ。また、「心に刺さる」は肯定的に使われる例がやや多いのに対し、「胸に刺さる」は「心無い言葉が遺族の胸に刺さり・・・」など否定的な場面で現れているのが目に付く。ちなみに「刺さるな~」は賞賛の意味で捉えられているのが一般的のようだ。

その言葉が「刺さった」結果、相手の座右の銘となるのか、大量出血して取り返しの付かないことになるのか。極端に解釈が分かれる、なかなかに‘刺さる(=強く印象に残る?)’、面白い言葉だと思う。

Copyright © 2002 L.C.Lab All Rights Reserved
category :    文章力アップをめざす  comment : × track back : ×