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archive : 2012 年 09 月

モーツァルトのタイムマネジメント

芸術の秋。NHK「ららら♪クラシック『天才モーツァルトの素顔』」(再放送)の番組中で、面白いことを言っていた。モーツァルトの旋律は平凡で、一見、同時代の音楽家の作品との区別がつかないんだそうである。

じゃあ、どうして他の凡百の作家に埋もれず、モーツァルトだけが400年後の今でも燦然たる輝きを放っているか。その秘密は、彼の「タイムマネジメント」の才にあるという。

といっても、これは日経ビジネスやプレジデント特集に登場するような「デキル男的タイムマネジメント」ではない。彼は宮廷音楽家になるためのシューカツにことごとく失敗、貧困のうちに死んだ‘だめんず’である。あくまでも作品の上での話だ。

番組は『アイネ・クライネ・ナハムトジーク』を例にとる。超有名な歌いだし部分では「タッタ タッタ タタタタター~」を2回繰り返す。3回目、「またかい」と単調さにうんざりしかけたところに、繰り返しの音を微妙にずらし、転調する。そして違うモチーフを展開かけたところに、またもとの歌いだしに戻る、といった具合だ。聴き手の期待感を外す、絶妙な間合いのツボ、そこにモーツァルトの真骨頂があるというのだ。

この間合いのツボの大切さは、音楽だけにとどまらない。落語や芝居はもちろん、仕事のプレゼンだってそうである。‘神’と称えられるジョブズ氏(ホントに天国に行ってしまった)も間合いの大切さを‘禅’を引き合いにして説いている。

ちなみに『アイネ・クライネ・ナハムトジーク』とは「夜のための小さな曲」という意味である。秋の夜長、こんな想いにふけりながら、モーツァルトに親しんでみてはいかが?

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論ギブ講座 其の七 「迷信と妄信を廃せよ!」 3

世にはびこる通説を、世迷言(よまいごと)として斬っては捨てる一徹。一体、「疑似相関」とは何か。以下、論理学というよりも、統計学方面に迷走してしまった今シリーズの完結編!

一 徹:「よいか。‘疑似相関’の‘疑似’は、本物によく似ていてまぎらわしいこと、‘相関’とはある1つのものが変化すると他方も変化することよ。つまり、関係がないのに関係があるように見えること、といってよい」
アッコ:「でも、ここの頁に調査結果として一次関数のグラフがあってよ。横軸に一日の摂取食品数、縦軸が成績で右上がりの直線になっているわ」

一 徹:「確かに、グラフなんぞがあるともっともらしく見えるよの。じゃが考えてもみい。一回の食卓に多くの食品を出せるのはどんな家かの?」
アッコ:「お金持ちの家庭じゃないかしら」
一 徹:「そうじゃ。東大の学生の過半数が、年収950万以上じゃったという数年前のデータを思い出すがよい。食品の数ではなく、子育てにかけられる金、すなわち家の経済力が真の要因になっとる可能性が高い」
アッコ:「まあ…」

一 徹:「あるいはこうも考えられよう。子にいろいろな種類の食べ物を与えようとする家庭は、教育に熱心である、ゆえに成績のよい子が多い、と」
アッコ:「そうね。あ、こんなこともあるかもしれないわ。知識の豊富な子の方が、いろいろな食品を区別できるかもしれないわよ。小松菜とほうれん草なんて、見分けがつかないもの。摂取食品数を子ども自身に聞いて確かめたのだったら、という前提だけど。」

一 徹:「まさにそのとおりよ!その場合は、、因果関係が逆になる」
アッコ:「因果関係って?」
一 徹:「原因と結果の関係じゃ。カゲマ先生説が『多くの食品を摂取する→だから成績のよい子になる』に対して、さっきの考え方だと『成績がよい子→だから多くの種類の食品を摂取していることを理解している』と原因と結果が入れ替わる」

アッコ:「じゃあ、この本の話は信用できないのね?」
一 徹:「まあ、これだけでは疑似相関であると言い切ることはできん。が、食品数と成績が関連しとると断言するのは、ちと行き過ぎよの。そもそも、教育ママの暑苦しい願望を、食品の数という形で押し付けられる、当の子どもこそ迷惑よ」

アッコ:「…養成ギプス程じゃないと思うけど、お父さん…」

おわり

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論ギプ講座 其の七 「迷信と妄信を廃せよ!」 2

一 徹:「よいか、大安の日と仏滅の日、どっちの日に結婚式をする組が多いと思う?」
アッコ:「大安よ。式場の人もそうおっしゃっていたもの」
一 徹:「仮に、その数の比率を大安:仏滅=20:1としよう。そのうち、大安に結婚した組で離婚が2件、仏滅で1件あったとする。割合としてどちらが大きいかな?」

アッコ:「20件に2件と1件に1件だったら、それは仏滅の方が大きくなるわ。だって、100%になるでしょう?」
一 徹:「そこじゃよ。‘多い’かどうかを判断するためには、離婚/結婚件数の割合である「離婚率」で比較する必要がある。大安の日の分母が20倍だとしたら、離婚率が同じだと、分子である離婚の数も20倍になるはず」

アッコ:「そう考えれば、大安に離婚が多いのは当たり前ね。でも、叔母様から聞いた時は本当にしてしまったわ」
一 徹:「このような分母を無視してしまったケースのほかに、擬似相関という勘違いがある。が、たとえ本当に離婚率が高かったとしても、それがなんじゃ。大切なのは、お互いの気持ちじゃろう」
アッコ:「お父さん・・・(頬を染めてうなだれる)」

アッコ:「・・・でも、叔母様は本当に私たちを思ってくださってのことなの。いい子どもに恵まれますようにって、カゲマ博士の育児書を下さったり・・・」
一 徹:「手に持っている本がそれか?カゲマというからには男色家かの?」
アッコ:「いいえ、児童教育で有名な方よ。(一徹に本を渡しながら)よくTVにも出ているわ」

一 徹:「なになに。『食べ物と子どもの成績には相関関係があります。私が5年間にわたり数百人の児童に対して実施した調査によると、一日に摂取する食品の種類が多いほど、算数と国語のテストの成績はいいという結果が出ました・・・』とな?ふん、せいぜい論理を知らぬアッコあたりをおどろかせる幼稚園の説よな!」

アッコ:「お父さん、叔母様に失礼よ」
一 徹:「アッコよ、見るがいい。これが擬似相関じゃ」

つづく

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論ギプ講座 其の七 「迷信と妄信を廃せよ!」 1 

難解すぎるとの指摘を受けた前回と様子は変わり、アッコねえちゃんが登場する今回のシリーズ。
息子は一徹との最終論理バトルでパーフェクトな勝利を得たのち、失踪した。世間も一時騒然となったが、時がたつうち親子の死闘も忘れ去られた。ひとりアパートで暮らす一徹のものとに、娘・アッコが訪れる。相変わらず赤いワンピースだ。以下、2回か3回の連載で。


アッコ:「こんにちは、お父さん。家を出て、何年間もご無沙汰して申し訳ありません。今日は、大切な報告に来ましたの」
一 徹:「クワガタ君との婚約のことかの?新聞に載っておった。クワガタ家は日本でも指折りの財閥じゃからの」
アッコ:「まぁ、そんなことが新聞に・・・(と、頬を染めてうつむく)」

一 徹:「よかったのう。アッコには母さん代わりの苦労をいろいろかけて、学校もろくに行けんかった」
アッコ:「平成の今なら、児童相談所に即、通報されるところだったかも・・・」
一 徹:「そうかもしれんな。今こそ幸せになるが良い」

アッコ:「ええ、ありがとう。以前、一緒に住んでほしいって頼んだ時にはお父さん断ったけど、結婚式には出てくださるわね」
一 徹:「もちろんじゃ」
アッコ:「あの子も来てくれるといいんだけど・・・(うつむいて涙ぐむ)」
一 徹:「・・・」

アッコ:「(重苦しい空気を振り払うように作り笑顔で)そうそう、でも日取りが決まらなくて困っているの」
一 徹:「クワガタ君の仕事の関係か?」
アッコ:「ちがうの、ミツルさん、いえクワガタさんの叔母様に当たられる方が、一度決まった日にちがよくないっておっしゃるの」
一 徹:「なぜじゃ?」

アッコ:「大安吉日にしたんだけど、実は大安って仏滅の日より離婚件数が多いんですって。だから縁起が良くないと反対なさって・・・」
一 徹:「何をたわけたことをっ。お前もお前じゃ、反論せんか!」

アッコ:「えっ、何を?」
一 徹:「わが娘でも、女とは話せんのう。特に、論理の世界に関してはの!」
アッコ:(しまった。お父さんの論理スイッチがはいってしまったわ!)

つづく

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幽霊は「生きもの」か?

今日はクイズから。「存在する」という意味を伝えたいとき、1.2.の(  )の中に入るのはそれぞれどんな言葉か。

 1. 部屋の中に猫が(   )。
 2. 部屋の中にカバンが(   )。

ネイティブの日本人なら(多分非ネイティブであっても)1が「いる」、2「ある」となることは容易にわかるだろう。では、「いる」「ある」の使い分けの違いを説明せよ、と言われたら、あなたは即座に解答できるだろうか。

実はこれも簡単だ。「いる」「ある」の使用例を、思いつくままに挙げていけばすぐにわかる。

 1.「いる」がなじむもの…犬、うさぎ、鳥、ペット、姉・妹、兄・弟、母・父、家族、不審者、強盗
 2.「ある」がなじむもの…机、イズ、テーブル、ランプ、TV、ステレオ、ベッド、植木鉢

もうおわかりだろう。「いる」のはほぼ「生き物」、「ある」のは「無生物」である。ただし植物は「ある」に入るような気がする。とすれば、動物とそれ以外に分類してもいいかもしれない。ちなみに否定形の「いない」「ない」にもこの法則が成立する。しかし、これはどうだろう。

 3. 幽霊が部屋の中に(   )。

…「いる」がぴったりくるということは、幽霊は「生き物」なのか。百歩譲ってそれを認めたとして、動かないといわれる地縛霊はどうなるんだ。一度、吾郎さんに聞いてみたい。

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左脳的評価と右脳的評価

今日はちょっと取りこんでいるので、紹介記事という体裁の手抜きコラムで。

「不満渦巻く人事評価改善の方策連携せよ!左脳的評価と右脳的評価」というタイトル中の「左脳」「右脳」というハヤリ言葉にひかれ、ダイヤモンド社の「ハーバード・ビジネス・レビュー」を何気に読み始めた。ちょっと見るだけのはずが、左脳的な分析的人事評価をサイエンス、右脳的な総合的・人格的評価をアートになぞらえたオモシロさで一気読み。著者を確かめたら、おやおや、神戸大の高橋先生だった。最近はお目にかかる機会がめったにないが。

先生の語り口そのまんまの切れ味のよい連載は、これだけではない。「就活って不安」と思う大学生の皆さんには「幸福を呼ぶキャリア論」を、この国のリーダー不在を嘆く貴兄には「ドラえもん亡国論」を。こみ上げる微苦笑が、あなたの左脳も右脳をも刺激してくれるはずだ。

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プロ根性

歌舞伎役者の市川染五郎が先週、舞台から転落して大けがをした。ニュース番組に出演した父・松本幸四郎が語るところによると「奈落は血の海になってたが、それでも踊っているつもりで体を動かしていた」そうだ。うーむ、役者魂が体の隅々までしみ込んでいるのだろう。一芸に秀でた人は違う。

数年前の話になるが、プロと凡人との差をしみじみ感じたことがある。シチュエーションは全く違い、立候補した知人の選挙活動中の話である。実は、そのご子息は十数年前に東京ドームでのコンサート後解散した、さる伝説のバンドのリーダーであった。

色とりどりのツンツンヘアと派手なメイクとは打って変わり、真っ黒に染め直した髪を束ね、長身の好青年として選挙の手伝いに現れた彼。さっそく、いっしょにビラ配りを始めると、もらってくれる割合が私とは明らかに違う。「渡したい相手の目をにこやかに見つめ、手元にビラを素早くつきつけること」。がティッシュ配り?のバイトで培った奥義であるらしい。

次は選挙カーである。あれで一番大変なのは、車の中からの「お手振り」だ。10分も白手袋をはめた手を振り続けた後は、腕を挙げることすら大儀に感じてしまう。見ると、振る手を交互に変えたり、片っぽの手で支えながら振ったり、皆苦労している。

そんな中、彼はただ一人、同じ手をずっと振り続けている。しかも手を振るスピードが一定だ。他の人が自主休憩を入れつつなんとか続けているのを尻目に、最初から最後まで、メトロノームのような正確さでリズムを刻んでいる。疲れた様子は全くない。

さすが一流のベーシストは違う、とプロのすごさを見せつけられた日々であった。

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